沖縄市役所と貝塚の深~い関係

貝塚は、なぜ、ここにあったのか

 
沖縄市には、沖縄チャンプルー博覧会にノミネートされてしまうほどユニークな「だ~れも知らないふにゃらら」の沖縄市役所があります。しかもこの市役所には、庁舎内の謎だけでなく庁舎外にも秘密がありました。それが貝塚です。

沖縄市役所の左手に設置された、なにやら怪しげな看板。
少し色あせたそれをよく見ると「室川貝塚」とあります。市役所と貝塚。
うーむうーむと思いながら、階段を下ること82段。
突如ドーンと目に飛び込んできたのは、おおっ、見事に植樹された沖縄市のマーク!
 しかし

貝塚はどこ???

実は、沖縄市マークがそうなのです。
室川貝塚は歴史公園として緑で保護されていました。
1974年、中学生によって発見されたこの貝塚は、五次にわたる調査が行われています。結果、沖縄先史時代の解明に大きく寄与しました。
貝だけでなく各時代を反映した土器やジュゴンの骨で作ったアクセサリーなどの生活痕跡が見事に残されていたのです。

しかも、沖縄市にはすぐ近くに仲宗根貝塚もあり、ここでは、3500年前の土器が見つかっています。室川貝塚でも5000年前の土器が発掘されています。沖縄市のこの一帯は、はるか太古の昔から色んな人が住んでいたのでしょう。

今こそコンクリートの建物とアスファルト舗装された街となっているけれど、数百年、数千年前のこの地は、豊かな森を持つと同時に、豊富な水資源に恵まれた住みやすい場所であったと推測されます。


考古学とは想像力。

沖縄市博物館の縄田さんがおっしゃいました。

「当時、泡瀬干潟は島であり、海岸線は高原(国道329ライン)であったと推測されます。そうすると、室川貝塚から海までの距離は2キロ。人が歩いて行き来できる距離となります。水は貝塚の横にある。なのに貝塚の上(市役所のある一帯)に住んだのは、ここから海までの地盤が湿気の多いクチャであったと推測されます。当時の状況を想像してみてくださいね。このように、考古学とは想像力なのです」。

室川貝塚は、新たな沖縄市役所を建築する際、市の文化財として保護すべく歴史公園となりました。沖縄市役所の一角には、壮大な人類のドラマが今も眠っています。はるか昔から、もっとも住みやすい環境であっただろうと推測される室川貝塚に隣接して沖縄市役所が存在するのも、古来からの不思議な縁かもしれませんね。

沖縄市で見つかった数々の発掘品は、沖縄市立郷土博物館に展示されていますので、興味のある方は訪れてみてはいかがでしょう。

 (写真と文 鈴木雅子)

参考 ■沖縄市立郷土博物館

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